後遺障害の内容と労働能力喪失率
1 はじめに
交通事故に遭って後遺障害が残ってしまい,それが原因で労働能力を一部ないし全部喪失してしまったという場合,「仮に被害者に後遺障害が残らなかったとしたら将来被害者が受けることができたであろう利益」についての賠償がなされるのが通常です。
この,「仮に被害者に後遺障害が残らなかったとしたら将来被害者が受けることができたであろう利益」のことを,「後遺障害逸失利益(こういしょうがいいっしつりえき)」と言います。
後遺障害逸失利益は,「基礎収入×後遺障害により労働能力を喪失した割合×労働能力の喪失が認められる期間に対応するライプニッツ係数」という計算式で算出されることになります。
このページでは,後遺障害により労働能力を喪失した割合(これを「労働能力喪失率」といいます。)について解説します。
2 労働能力喪失率表
自動車損害賠償保障法(以下,「自賠法」といいます。)施行令には,交通事故による後遺障害の内容に応じて1級から14級までに等級分けをした,「後遺障害別等級表」の別表1・別表2というものが記載されています。
そして,この「後遺障害別等級表」を前提に,「自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準」(平成13年金融庁・国土交通省告示第1号)の別表Ⅰでは,各後遺障害等級に応じた労働能力喪失率が以下のとおり規定されています(下記の表を「労働能力喪失率表」と言います。)。
自賠法施行令別表第1の場合
障害等級 労働能力喪失率
第1級 100/100
第2級 100/100
自賠法施行令別表第2の場合
障害等級 労働能力喪失率
第1級 100/100
第2級 100/100
第3級 100/100
第4級 92/100
第5級 79/100
第6級 67/100
第7級 56/100
第8級 45/100
第9級 35/100
第10級 27/100
第11級 20/100
第12級 14/100
第13級 9/100
第14級 5/100
実務においても,この「労働能力喪失率表」に記載された労働能力喪失率を用いることが多く,原則的な取り扱いとなっております。
しかし,「労働能力喪失率表」に記載された労働能力喪失率は一般的なものに留まりますので,個別事案における具体的な事情は反映されておりません。
そのため,実際の事案においては,後遺障害の内容などの具体的な事情を考慮して,「労働能力喪失率表」に記載された労働能力喪失率とは異なる労働能力喪失率を認定する場合も少なくありません。
そこで,以下では,「労働能力喪失率表」に記載された労働能力喪失率とは異なる労働能力喪失率が認定されることの多い後遺障害の類型をご紹介したいと思います。
3 醜状障害
⑴ 醜状障害に関する後遺障害等級
ア 外貌の醜状障害
外貌(がいぼう)とは,頭部,顔面部,頸部のように,上肢及び下肢以外の日常露出する部分のことを言います。
外貌の醜状障害に関する後遺障害等級,及び,労働能力喪失率表記載の労働能力喪失率は下表のとおりです。
後遺障害等級 | 後遺障害の内容 | 労働能力喪失率表の数値 |
---|---|---|
7級12号 | 外貌に著しい醜状を残すもの | 56/100 |
9級16号 | 外貌に相当程度の醜状を残すもの | 35/100 |
12級14号 | 外貌に醜状を残すもの | 14/100 |
イ 上肢・下肢の露出面の醜状障害
「後遺障害別等級表」においては,外貌の醜状障害以外に,上肢・下肢の露出面における醜状障害も認められています。
上肢・下肢の露出面における醜状障害に関する後遺障害等級,及び,労働能力喪失率表記載の労働能力喪失率は下表のとおりです。
後遺障害等級 | 後遺障害の内容 | 労働能力喪失率表の数値 |
---|---|---|
14級4号 | 上肢の露出面にてのひらの大きさの醜いあとを残すもの | 5/100 |
14級5号 | 下肢の露出面にてのひらの大きさの醜いあとを残すもの | 5/100 |
⑵ 醜状障害に関する労働能力喪失率の考え方
ア 問題の所在
後遺障害が醜状障害のみである場合,身体の運動機能への影響は存在しません。
そのため,「醜状障害が残ったとしても,労働能力への影響はないのではないか?」という点が大きな問題となります。
イ 醜状障害の仕事への影響
(ア)もっとも,交通事故被害者の職業が,モデルや女優・俳優等の容姿が仕事の有無や内容に密接に関わるものである場合は,醜状障害の存在は直接的に労働能力に影響すると言えます。
(イ)また,交通事故被害者の職業が,容姿が仕事の有無や内容に直接的に関わるものでない場合でも,営業担当者や接客業等,人と接する機会が極めて多く,円滑な対人関係を構築することが職務上重要となる職業・業務である場合には,後遺障害の内容が醜状障害のみであっても,労働能力の喪失を完全に否定してしまうことは困難な場合が多いでしょう。
(ウ)他方で,交通事故被害者の方が就いている職業が,例えば,人と接する機会が少なく,対外的な対人関係の構築が職務の内容に密接に関わることのないようなものである場合は,醜状障害による労働能力の喪失が認められない可能性も生じます。
ウ 考え方
このように,醜状障害の労働能力への影響は,醜状障害の内容や程度,交通事故被害者の職業や業務内容によって様々ですので,労働能力喪失率は,労働能力喪失率表に基づいて画一的に決定してしまうのは適当ではなく,各交通事故被害者の個別具体的な事情を考慮して決定する必要があります。
裁判例においても,このような観点から,労働能力喪失率表記載の労働能力喪失率に捉われることなく,柔軟に労働能力の喪失の有無及びその程度を判断したものが多々あります。
エ 後遺障害慰謝料における考慮
なお,醜状障害による労働能力の喪失が認められないとされた場合でも,個別具体的な事情によっては,醜状障害の存在が,後遺障害慰謝料の増額事由として用いられることがあります。
4 脊柱の変形障害
⑴ 脊柱の変形障害に関する後遺障害等級
脊柱とは,体幹の中軸をなす骨格のことを言い,頸椎,胸椎,腰椎,仙椎,尾椎と呼ばれる椎骨が連なって構成されています。
脊柱には,脊髄を保護する機能,体幹・頭部・上肢を支持する機能(以下,単に「支持機能」と言います。),体幹の運動に関する機能(以下,単に「運動機能」と言います。)が備わっているとされています。
脊柱の変形障害に関する後遺障害等級,及び,労働能力喪失率表記載の労働能力喪失率は下表のとおりです。
後遺障害等級 | 後遺障害の内容 | 労働能力喪失率表の数値 |
---|---|---|
6級5号 | 脊柱に著しい変形または運動障害を残すもの | 67/100 |
8級2号 | 脊柱に運動障害を残すもの(脊柱に中程度の変形を残すもの) | 45/100 |
11級7号 | 脊柱に奇形を残すもの | 20/100 |
⑵ 脊柱の変形障害に関する労働能力喪失率の考え方
ア 問題の所在
脊柱の変形障害については,特に,軽度の変形が残るに留まるケースにおいて,保険会社側より,労働能力の喪失は存在しない,あるいは,存在するとしても軽微なものに留まると主張されることがあります。
イ 考え方
(ア)脊柱の変形障害が生じると,脊柱の支持機能と運動機能が減少します。
脊柱の変形障害が重篤な場合は,脊柱の支持機能と運動機能の低下のみならず,疼痛や心肺の機能障害,神経症状等を伴うケースもあります。
このように,脊柱の変形障害が大きな場合には,基本的に,労働能力喪失率表に記載されているとおりの労働能力喪失率が認められる方向に傾くかと思われます。
(イ)対して,脊柱の変形が軽微な場合は,労働能力喪失率表に記載されているとおりの労働能力喪失率をそのまま認めることが相当ではない場合もあり得るとされています。
裁判例においても,脊柱の変形障害の程度が11級7号相当であったケースにおいては,労働能力喪失率表記載の数値よりも低い労働能力喪失率を認めたものや,労働能力喪失期間を分けた上で徐々に労働能力喪失率を減らしていったもの(例えば,症状固定時から10年間は20%,その後10年間は10%,その後10年間は5%というような方式です。)が複数存在します。
(ウ)以上では,脊柱の変形障害の程度が重いものか軽微なものかの2種類に分けて解説をしましたが,実際の裁判においては,変形障害の程度のみならず,変形した部位や変形障害の内容,被害者の年齢,職業,疼痛や神経症状の有無等の様々な要素が総合的に考慮された上で,交通事故被害者の方の労働能力にいかなる影響を及ぼすのかが個別具体的に判断されています。
5 鎖骨の変形
⑴ 鎖骨の変形障害
交通事故により鎖骨が変形した場合の後遺障害等級,及び,労働能力喪失率表記載の労働能力喪失率は下表のとおりです。
後遺障害等級 | 後遺障害の内容 | 労働能力喪失率表の数値 |
---|---|---|
12級5号 | 鎖骨に著しい変形を残すもの | 14/100 |
なお,「著しい変形」とは,裸体になったときに変形が明らかにわかる程度のものであることを意味します。
⑵ 鎖骨の変形障害に関する労働能力喪失率の考え方
ア 問題の所在
鎖骨は,先天的に欠損している場合でも,後天的に全摘出してしまった場合でも,肩関節の可動域や日常生活における動作に大きな支障はないと言われています(なお,肩関節の可動域制限については,12級5号とは別に後遺障害等級が定められています)。
そのため,鎖骨に変形が残ったとしても,労働能力には影響がない,あるいは,労働能力に影響があるとしても,その程度は軽微なものに留まるとして争われることが少なくありません。
イ 鎖骨に変形が残ったこと自体によって労働能力の喪失が認められる場合
さきほども述べたとおり,鎖骨変形が後遺障害として認められるための条件である「鎖骨に著しい変形を残すもの」とは,裸体になったときに変形が明らかにわかる程度のものであることを意味します。
この点,交通事故被害者の職業が,モデル等の容姿が仕事の有無や内容にとって非常に重要となる種類のものである場合には,裸体になったときに明らかにわかる程度の変形が鎖骨に残ったこと自体によって,労働能力の喪失が認められると考えられています。
また,このような場合,仕事への影響の大きさによっては,労働能力喪失率表における労働能力喪失率の数値(14/100)を超える労働能力喪失率が認められる場合もあり得ます。
ウ 鎖骨変形を原因とする肩の機能障害が残った場合
(ア)肩関節の機能障害について後遺障害認定がなされた場合
肩関節の機能障害については,後遺障害等級表において,下表のとおりの後遺障害等級が用意されています。
後遺障害等級 | 後遺障害の内容 | 労働能力喪失率表の数値 |
---|---|---|
8級6号 | 1上肢の3大関節中の1関節の用を廃したもの | 45/100 |
10級10号 | 1上肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの | 27/100 |
12級6号 | 1上肢の3大関節中の1関節の機能に障害を残すもの | 14/100 |
鎖骨の変形を原因とする肩関節の機能障害が,これらの基準を充たす場合は,両者を「併合」して後遺障害等級認定がなされることになります。
※ なお,後遺障害の等級認定における「併合」の基準は,自動車損害賠償保障法施行令(第2条第3号ロ~ホ)において定められています。
例えば,12級5号に相当する鎖骨変形と12級6号に相当する肩関節の可動域制限が存在する場合は,「13級以上の等級に該当する後遺障害が2つ以上存在する場合」該当しますので,自動車損害賠償保障法施行令第2条第3号ニに基づき,重い後遺障害の該当する等級の1級上位の等級が認定されることになります(この例えの場合は,両方とも後遺障害等級が12級のため,12級の1つ上の併合11級が認定されることになります。)。
(イ)肩関節の機能障害について後遺障害認定がなされなかった場合
肩関節の機能障害を理由とする後遺障害は,上記のとおり,最も軽いものが12級6号となりますが,12級6号が認定されるためには,「肩関節の機能に障害を残すもの」という基準を充たす必要があります。
そして,「肩関節の機能に障害を残すもの」といえるためには,肩関節の可動域が健側の可動域角度の4分の3以下に制限されていることが必要です。
そのため,鎖骨の変形を原因として肩関節に機能障害が残ったが,その程度が12級6号に該当するまでには至らならなかったという場合も生じうるところです。
もっとも,肩関節の機能障害の程度が後遺障害の認定基準には達しないものであったとしても,例えば,肉体労働の側面が強い職種の場合は,肩関節の機能障害による労働能力への影響は避けがたいでしょう。
裁判例においても,鎖骨の変形を原因とする肩関節に機能障害が残ったが,その程度が後遺障害の認定基準には達しないというケースにおいて,交通事故被害者の職種・業務内容を考慮し,労働能力の喪失を認めたものが存在します。
この場合の労働能力喪失率の割合としては,労働能力喪失率表に記載のある12級の標準喪失率14%を認めた裁判例もあれば,それよりも若干低めの労働能力喪失率を認めた裁判例もあるところです。
エ 鎖骨変形を原因とする痛みが残存している場合
(ア)労働能力の喪失の有無と程度
痛みが残存していると,仕事の効率や労働への意欲に影響が生じることは,一般的に認められているところです。
そのため,鎖骨が変形したことが原因で痛みが残ってしまった場合については,これまでに述べた,鎖骨に変形が残ったこと自体によって労働能力の喪失が認められる場合(イ)や,鎖骨変形を原因とする肩の機能障害が残った場合(ウ)とは異なり,交通事故被害者の職種にかかわらず,一定の範囲で労働能力の喪失が認められる傾向にあります。
労働能力喪失率の割合としては,肩の機能障害が残った場合と同様に,労働能力喪失率表に記載のある12級の標準喪失率14%を認めた裁判例もあれば,それよりも低めの労働能力喪失率を認めた裁判例もあります。
(イ)労働能力喪失期間
鎖骨変形を原因とする痛みが残存している場合については,67歳までの労働能力喪失期間を認めた裁判例もありますが,一定の期間に限定して労働能力喪失期間を認めた裁判例も存在します。
労働能力喪失期間を限定した裁判例は,痛みは一般的に時間の経過により緩和することが期待できると考えられていることを考慮したものであると考えられます。
もっとも,このような考え方に対しては,痛みの原因が鎖骨変形という器質的な障害にあるのであるから,労働能力喪失期間を限定することには慎重であるべきだという意見もあるところです。
6 腸骨採取による骨盤骨の変形
⑴ 腸骨採取による骨盤骨の変形に関する後遺障害等級
腸骨は,比較的軟らかく加工・細工がしやすいので,骨移植を要する手術の際に,移植をする目的で採取される場合があります。
腸骨は,骨盤骨に分類されるため,腸骨の採取により,骨盤骨に変形障害が残った場合は,下表のとおり,後遺障害12級5号に該当する可能性が生じます。
後遺障害等級 | 後遺障害の内容 | 労働能力喪失率表の数値 |
---|---|---|
12級5号 | 骨盤骨に著しい変形を残すもの | 14/100 |
⑵ 腸骨採取による骨盤骨の変形に関する労働能力喪失率の考え方
ア 問題の所在
腸骨を採取すると,当然,採取した部分の外表には変形が見られるようになります。
しかし,鎖骨の変形障害と同様に,骨盤骨に変形が残ったとしても,労働能力には影響がないとして,労働能力の喪失の有無が争われるケースがあります。
イ 考え方
裁判例においては,腸骨の移植による骨盤骨の変形について,労働能力の喪失を認めないものが少なくありません。
もっとも,腸骨の採取による骨盤骨の変形が労働能力に対する影響を及ぼすものであることを立証することができれば,労働能力の喪失が認められる余地を残していると考えられる裁判例もあります。
そのため,結局は,鎖骨の変形障害の場合と同様に,骨盤骨の変形障害に関しても,その変形の内容や程度,交通事故被害者の方の年齢や職業等を総合的に考慮して,労働能力への影響が存在すると考えられる場合は,労働能力の喪失が認められるものと思われます。
また,腸骨を採取すると,採取した部分に疼痛が残存する場合があります。
この場合に関しては,鎖骨の変形障害に伴って疼痛が生じた場合と同様に,疼痛による労働能力の喪失が認められるところであると考えられます(もっとも,腸骨の採取に伴い疼痛が生じるようになったという場合は,14級相当の神経症状として評価すべきだという見解もあるところです。)。
7 歯牙障害
⑴ 歯牙障害に関する後遺障害等級
交通事故により歯牙障害が残った場合の後遺障害等級,及び,労働能力喪失率表記載の労働能力喪失率は下表のとおりです。
後遺障害等級 | 後遺障害の内容 | 労働能力喪失率表の数値 |
---|---|---|
10級4号 | 14歯以上に対し歯科補綴を加えたもの | 27/100 |
11級4号 | 10歯以上に対し歯科補綴を加えたもの | 20/100 |
12級3号 | 7歯以上に対し歯科補綴を加えたもの | 14/100 |
13級5号 | 5歯以上に対し歯科補綴を加えたもの | 9/100 |
14級2号 | 3歯以上に対し歯科補綴を加えたもの | 5/100 |
上記表記載の後遺障害の内容における「歯科補綴(ほてつ)を加えたもの」とは,現実に喪失または著しく欠損した歯牙に対する補綴のことを意味します。
なお,歯科補綴とは,歯が欠けたり失ったりした場合に,人工物を用いて歯の形態や機能を回復させる治療のことを言います。
⑵ 歯牙障害に関する労働能力喪失率の考え方
ア 問題の所在
喪失・欠損した歯の機能は,通常,歯科補綴を加えると回復するものであると考えられています。
そのため,歯牙障害に関する後遺障害が存在したとしても,労働能力への影響はないのではないかということが問題となります。
イ 歯牙障害による労働能力の喪失の有無
(ア)裁判例の傾向
歯牙障害については,補綴がなされれば歯の機能は回復するとして,労働能力の喪失を認めなかった裁判例が多数存在します。
(イ)歯牙障害による労働能力の喪失が認められうる場合①
もっとも,スポーツ選手や,肉体労働の側面が強い業種等の,歯を食いしばって力をいれるような仕事については,歯牙障害による労働能力の喪失が認められうる旨を示唆する裁判例もあります。
(ウ)歯牙障害による労働能力の喪失が認められうる場合②
また,補綴をした結果歯の機能は回復したとしても,交通事故被害者が,接客業,営業担当者,講師など,他者とのコミュニケーションを重要とする職業に就いている場合は,歯牙障害が原因で発音がしにくくなった等の言語機能障害が残ってしまうと,労働能力への影響が少なからず生じてしまうところだと思われます。
裁判例においても,このような場合は,労働能力の喪失を認められうる余地を残していると思われるものが存在します。
なお,後遺障害等級表においては,言語障害に関する後遺障害等級が定められていますので,歯牙障害を原因とする言語障害の程度が後遺障害に該当する程度に至っている場合は,当該言語障害自体が後遺障害として評価されることになります。
※言語障害に関する後遺障害等級及び,労働能力喪失率表記載の労働能力喪失率は下表のとおりです。
後遺障害等級 | 後遺障害の内容 | 労働能力喪失率表の数値 |
---|---|---|
1級2号 | 咀嚼及び言語の機能を廃したもの | 100/100 |
3級2号 | 咀嚼又は言語の機能を廃したもの(嚥下の機能を廃したもの) | 100/100 |
4級2号 | 咀嚼及び言語の機能に著しい障害を残すもの | 92/100 |
6級2号 | 咀嚼又は言語の機能に著しい障害を残すもの(嚥下の機能に著しい障害を残すもの) | 67/100 |
9級6号 | 咀嚼及び言語の機能に障害を残すもの | 35/100 |
10級3号 | 咀嚼又は言語の機能に障害を残すもの(嚥下の機能に障害を残すもの) | 27/100 |
ウ 歯牙障害による労働能力喪失の程度
歯牙障害による後遺障害が残った場合の労働能力喪失率についても,具体的な後遺障害の内容や程度,交通事故被害者の方の年齢や職業等を総合的に考慮して判断されることになります。
裁判例においては,歯牙障害による労働能力の喪失は存在するとしたケースでも,労働能力喪失率表記載の数値よりも低い労働能力喪失率を認定したものが比較的多く見受けられます。
エ 後遺障害慰謝料における考慮
なお,歯牙障害による労働能力の喪失が認められないとされた場合でも,日常生活を送る上で生じている不便さなどの個別具体的な事情によっては,歯牙障害の存在が,後遺障害慰謝料の増額事由として用いられることがあります。
8 味覚・嗅覚の障害
⑴ 味覚・嗅覚の障害に関する後遺障害等級
味覚・嗅覚の障害については,後遺障害等級表に定めがありません。
もっとも,自賠法施行令別表第2の備考には,「六 各等級の後遺障害に該当しない後遺障害であって,各等級の後遺障害に相当するものは,当該等級の後遺障害とする。」という定めがありますので,この規定を根拠に,味覚または嗅覚を脱失した場合が12級相当として,味覚または嗅覚を減退した場合が14級相当として取り扱われています。
※「脱失」と「減退」の違いは以下のとおりです。
味覚の場合
・味覚の脱失とは,濾紙ディスク法における最高濃度液による検査を行い,基本4味質(「甘味」,「塩味」,「酸味」,「苦味」のことをいいます。)のすべてが認知できないものをいいます。
・味覚の減退とは,濾紙ディスク法における最高濃度液による検査を行い,基本4味質のうち1味質以上を認知できないものをいいます。
嗅覚の場合
嗅覚の脱失又は減退については,「T&Tオルファクトメーター」という嗅覚検査キットによって検査をし,基準嗅力検査の認知域の平均嗅力損失値が,5.6以上の場合は嗅覚脱失が,2.6以上で5.5以下の場合には嗅覚減退が認められます。
⑵ 味覚・嗅覚の障害に関する労働能力喪失率の考え方
味覚・嗅覚の障害が残ってしまった場合の労働能力喪失率を決めるにあたっては,交通事故被害者の方の職業が特に重要となります。
ア 味覚・嗅覚の障害が仕事の内容に直結する職業の場合
交通事故被害者の方が,料理人・パティシエ・ソムリエなど,味覚や嗅覚が仕事の内容に直結するような職業に就いている場合は,味覚・嗅覚の障害による労働能力の喪失が存在することは明らかであると言えます。
また,味覚・嗅覚の重要性の程度が極めて大きいという場合は,労働能力喪失率についても,労働能力喪失率表記載の数値を上回ることがあるでしょう。
イ 主婦の場合
主婦の方の場合,味覚や嗅覚に障害が残ってしまうと,料理等の家事労働に多大な影響が生じることになります(特に,料理については,交通事故被害者の方が味見等をしながら調理ができないという直接的な影響のみならず,その家族の食生活が変わってしまう恐れがあるという間接的な影響も考えられるところです)。
そのため,主婦の方に味覚や嗅覚の障害が残った場合においては,家事に関する労働能力の喪失を認めることができる場合が多いかと思われます。
裁判例においても,このような観点から,味覚・嗅覚の障害による主婦の方の労働能力の喪失を認めたものがありますが,労働能力の喪失を認めつつも労働能力喪失率については労働能力喪失率表記載の数値よりも下げる方向で検討がなされた裁判例も存在します。
ウ 上記ア・イ以外の場合
交通事故被害者の方の職業が,味覚・嗅覚が仕事の内容に直結するものではなく,主婦でもない場合は,味覚・嗅覚の障害が労働能力に与える影響は存在しないか,存在したとしても極めて小さいと考えられ,労働能力の喪失が認められないことも少なくありません。
エ 労働能力喪失期間について
味覚・嗅覚障害は,障害の発生の仕組みによっては,回復する可能性が存在するものもあると考えられています。
そのため,味覚・嗅覚障害による労働能力の喪失が認められる場合でも,労働能力喪失期間は,将来における回復可能性の有無等を考慮して判断されることになります。
オ 後遺障害慰謝料における考慮
味覚・嗅覚障害による労働能力の喪失が認められないとされた場合でも,味覚や嗅覚に障害が残ると,食事の楽しみが失われてしまったり,ガス漏れや火事の際に危険の察知が遅れてしまったりというように,日常生活を送る上で大きな不都合が生じてしまうこともあるかと思われます。
このような場合は,味覚・嗅覚の障害の存在が,後遺障害慰謝料の増額事由として用いられることがあります。
9 下肢の短縮障害
⑴ 下肢の短縮障害に関する後遺障害等級
下肢の短縮障害に関する後遺障害等級,及び,労働能力喪失率表記載の労働能力喪失率は下表のとおりです。
後遺障害等級 | 後遺障害の内容 | 労働能力喪失率表の数値 |
---|---|---|
8級5号 | 1下肢を5センチメートル以上短縮したもの | 45/100 |
10級8号 | 1下肢を3センチメートル以上短縮したもの | 27/100 |
13級8号 | 1下肢を1センチメートル以上短縮したもの | 9/100 |
なお,骨折箇所から異常に骨の成長が進み,骨の長さが長くなる場合もあります(短縮障害に対し,このような場合を,「延長障害」と言います)。
この場合も,短縮障害に準じて等級認定が行われます。
⑵ 下肢の短縮障害に関する労働能力喪失率の考え方
ア 問題の所在
下肢の長さに左右差がある場合は,歩行障害を生じ,下肢の長さの左右差が長期間持続すると,側弯症(脊柱が側方へ曲がってしまう病気)が発生すると言われています。
もっとも,下肢短縮の程度が小さい場合は,関節の機能障害がない限り明確な歩行障害を示さないと主張され,労働能力の喪失の有無や程度を争われることがあります。
イ 考え方
裁判例においては,交通事故被害者の職業や年齢,下肢短縮の程度,歩行障害の有無及び程度などを考慮して,個別具体的に労働能力喪失の有無及び程度が判断されています。
裁判例の結論も,①労働能力の喪失を否定したもの,②労働能力の喪失は認めたが労働能力喪失率表記載の数値よりも低い労働能力喪失率としたもの,③労働能力喪失率表記載の数値どおりの労働能力喪失率としたもの,④労働能力喪失率表記載の数値より高い労働能力喪失率を認めたものがあり,具体的な事情によって様々です。
例えば,下肢の短縮が原因で歩行障害が生じている場合には,基本的な日常生活動作において障害が生じていると言えますので,労働能力の喪失を認める方向に傾くかと思われます。
さらに,交通事故被害者の方が,スポーツ選手や大工など,身体のバランスが重要な職業に就いている場合は,より高い労働能力喪失率が認定される可能性があるところです。
他方で,下肢短縮の程度が小さく,歩行障害も存在しないという場合で,職業も日常の業務において頻繁に移動を伴うものではない事務職の方などであれば,労働能力の喪失は認められにくい方向に傾くかと思われます。
10 腓骨の偽関節
⑴ 腓骨の偽関節に関する後遺障害等級
腓骨(ひこつ)とは,膝から足首までの骨の一つで,脛骨(けいこつ)という太い骨の後ろ外側に位置する細長い骨のことを言います。
また,偽関節とは,一般的に,骨折した部位の骨癒合が途中で止まってしまい,異常な可動を示すようになってしまった状態のことを言います。
腓骨の偽関節に関する後遺障害等級,及び,労働能力喪失率表記載の労働能力喪失率は下表のとおりです。
後遺障害等級 | 後遺障害の内容 | 労働能力喪失率表の数値 |
---|---|---|
7級10号 | 1下肢に偽関節を残し,著しい運動障害を残すもの | 56/100 |
8級9号 | 1下肢に偽関節を残すもの | 45/100 |
12級8号 | 長管骨に変形を残すもの | 14/100 |
※長管骨とは,細長い棒状の形をしており内部が空洞で管になっている骨のことをいいます。
⑵ 腓骨の偽関節に関する労働能力喪失率の考え方
ア 問題の所在
腓骨は,脛骨に比べて細い骨であり,いわば脛骨の添え木のような役割を果たすものです。
そのため,腓骨に偽関節が残ったとしても,腓骨の単独骨折の場合においては,腓骨の添え木的な機能が減弱したに過ぎず,体重の支持機能や歩行・立位に与える影響はわずかであると主張され,労働能力の喪失を否定されたり,労働能力の喪失があったとしてもその程度は軽微なものに留まると言われたりすることがあります。
イ 考え方
腓骨に偽関節が生じた場合,体重支持機能に減弱が生じたり,足関節の変形,不安定性,亜脱臼,運動障害,疼痛等が生じたりする可能性があると言われています。
他方で,上記のとおり,腓骨の単独骨折の場合は,体重の支持機能や歩行・立位への影響がわずかである場合もあるところです。
したがって,腓骨に偽関節が生じた場合の労働能力喪失率についても,結局は,腓骨の偽関節が生じた部位およびその程度,交通事故被害者の方の年齢,職業等を総合的に考慮し,個別具体的に検討する必要があります。
例えば,腓骨に偽関節が生じたものの,疼痛はなく,歩行・立位等の日常生活動作に影響を及ぼさない場合で,職業も下肢による体重支持をあまり必要としないようなもの(デスクワーク等が考えられます。)であった場合は,労働能力の喪失が認められるとしても,労働能力喪失率表記載の数値よりは低い労働能力喪失率となる可能性が高くなるでしょう。
他方で,偽関節が生じた部分に疼痛が生じていたり,腓骨に偽関節が生じたことが原因で歩行や立位が不安定になっていたり,交通事故被害者の方の職業がスポーツ選手・運送業・土木業等,下肢による体重支持が重要となるようなものであった場合には,労働能力喪失率表記載の数値どおりの労働能力喪失率が認められたり,あるいは,労働能力喪失率表記載の数値よりも高い労働能力喪失率が認められたりする可能性も出てくることかと思われます。
11 おわりに
以上のとおり,労働能力喪失率については,単純に労働能力喪失率表に記載されている数値のみを参照して決定されるわけではなく,後遺障害の内容や程度,交通事故被害者の職種・年齢等の様々な事情を考慮して決定されることになります。
労働能力喪失率がどの程度の割合になるかによって,後遺障害逸失利益の額が大きく変わってくることもある一方で,上記のとおり,労働能力喪失率の決定においては様々な要素が考慮されますので,実際にどの程度の割合になるかについては判断が難しい場合も多くあるかと思われます。
そのため,交通事故に遭って後遺障害が認定され,ご自身の労働能力喪失率がどの程度になりそうで,どれくらいの賠償を受けることができそうか気になるという方は,一度弁護士に相談してみることをおすすめします。
弁護士法人心には,後遺障害が残った場合の労働能力喪失率についても精通している弁護士が多数所属しておりますので,お気軽にお問合せください。